サントメ・プリンシペ民主共和国 《地域・海外旅行・ショッピング》

通称サントメ・プリンシペは、西アフリカのギニア湾に浮かぶ火山島であるサントメ島、プリンシペ島、そしてその周辺の島々から成る共和制国家。

首都はサントメ。島国である。無人島であったが1470年にポルトガル人が上陸、ポルトガルからおもにユダヤ系住民の流刑地として使われる一方、奴隷貿易の中継基地となった。

1522年ポルトガルの植民地になった。
はじめサトウキビのちにカカオ栽培が盛んに行われ、サトウキビ栽培のため多く奴隷がアフリカ本土から連れてこられた。

奴隷制度廃止後も、白人農園主の農園労働者に対する実質的な待遇は変わらず、広範な不満があった。

1960年に、現サントメ・プリンシペ解放運動社会民主党 (MLSTP・PSD) の前身であるサントメ・プリンシペ解放委員会が設立され、独立運動が本格化した。

ポルトガルが植民地からの撤退を決めると、1974年に暫定政府が設立され、1975年7月12日に正式独立。MLSTP・PSDのマヌエル・ピント・ダ・コスタが初代大統領に就任。

MLSTP・PSDの一党独裁のもとで、アンゴラやキューバなど旧社会主義陣営と密接な関係を持っていたが、経済立て直しのため1980年代から親西欧・親米に転換。

1990年8月、国民投票で複数政党制移行を決め、1991年1月の総選挙で野党が過半数を獲得、その支持を受けたミゲル・トロボアダ元首相が3月の大統領選で当選し、一党独裁が終結。

1994年10月の総選挙ではMLSTP・PSDが第1党に返り咲き、1998年11月の総選挙では過半数を獲得。

野党代表のトロボアダ大統領とMLSTP・PSDを与党とする内閣が対立・共存の状況となった。

2001年7月、大統領選でトロボアダ派の実業家で独立民主行動 (ADI) 党員であるフラディケ・デ・メネゼスが当選。
update:2010年01月28日